夏決算その三〜松竹コンを終え、現関ジュに思う事〜

すっかり回顧録…なので、できるだけコンパクトにいきたいです。

GWコンの大惨事を思えば、今夏の松竹関ジュコンはとっても安心して見守る事ができました。
(GWの大惨事については、決してあの子たちの力不足だけではなくて事務所のオトナ達の黒い思惑が悪いんやーっ!と思う。思いたい)
見守る、というのはまさに文字通りで。今回は2回参戦のどちらもかなり良いお席で見る事ができたのですが、たとえ目の前にバーーーン(サブ効果音は「キラーン☆」)っと現れても、生身の身体に触れる(※握手です)事ができても、「ぎゃぁぁぁぁっ(きゅぅぅぅんっ)」と我を忘れるような事はなくて。冷静に目を細めながら腕を組んで時に顎を撫でながら(中尾彬氏スタイル)、そんなスタンスでした。これは私が年を重ねてしまったからなのか、関ジュっこ達とのジェネギャップからなのか(ちっさい頃を見知ってるせいかなぁ…)、松竹座という場ならではの感傷的感情なのか。そのどれもが当てはまる気がするけれど、一番の要因は、現関ジュっこ達を「アイドルスター」として捉えられなかったからかなと。楽しかったかっこよかったかわいかった、けれど「ちょっとかっこいい男子校生達の文化祭(+体育祭)」を見てきたような感覚なのです(もちろん、世界一ナイスな文化祭ですが)。この、“近所の兄ちゃん”というコンビニ感覚的親しみやすさはおそらく関西ジュニアの伝統芸(あえて芸とします)で、未来永劫引き継がれるべきものだと思います。けれど、ジャニーズアイドルである以上、それプラスαがどうしても必要で、この夏の時点で私にはそれを彼らの中に感じる事は…あまりなかったなぁ。あともう一歩!残念!!という子達ばかりなのです。それと、全体としてみんな上も下もなく和気藹々とした感じで、それは非常に好ましく映ったけれど同時にこれも癌かなぁ…なんて思ったりもしました。仲良くはあっても、根底にはおのずと年長者(暦長者、とでも言いましょうか)を尊敬し立てるとか、そういうスポ根的なスピリッツがあって欲しい、これはSHOW!和ならではの古い願いでしょうか?でもそういうピリッとしたものがないと、あれほどの集団、締まらないし向上も難しいと思うのです。
ここまで書いて、自分の思い描く“関西ジュニア”像というのが結局南極(略)エイトさん中心に作り上げられてきた?ものだというのを思い知る。でも、エイトさんだからこういうのを望む、というのではなく、自分が望んでた形にすっぽりはまってたのがエイトさんだった、という事です。この辺突き詰めるとまた別方向になるので置いといて。とにかく改めてエイト、いえもっといえば年長3名の凄さときたら桁違いなのだなと。そこまでのものを現関ジュに求めるのは酷なのかもしれないけれど、でもやっぱり誰か1人でも飛び抜けて引っ張り上げてく存在が欲しいなと望みます。飛び抜けるには“毒”の部分も必要。抜けるのは桐やんかなー、と長い間思っていましたが、それにはまだまだ毒が足りないというのをこの半年ちょいで思い知り(笑)(化ける余地ありなのかどうかは私には分からない)。一番視野の広そうな淳太王子は控えめ過ぎるし、大智たんも今一歩弱いし(折れた時にがっつりフォローできる子がいるのかもビミョー)。神山たんや優馬たんの成長を今しばらく待つ必要があるのか。とかなんとかあれこれグルグルと。私は彼らの何者なのかと。母親か?プロデューサー気取りか?と。でもほんとみんなかわいい、昇ってほしい、エイトさん達と見た素敵な光景の数々を、願わくば彼らとも一緒に見たいんです。
平成ジャンプ結成によって、関ジュっこへのスポットライトは先延ばしになりました。が、今はこれで良かった!と思えます。もし!万が一関西から1人や2人デビュー組に組み込まれる事があっても*1、現関ジュの土台がガッチリ固まってから送り出したい!それはまだ今ではなかった!と。とにかく今は色んな場に顔を出し(THE☆隙間産業)、土台を踏み固めていってほしいなーと。必要なのは経験。そしてその過程、可能な限り見守りたいなーと。この心意気は、2002年夏から変わらずな訳ですよ。
ダメ出し一辺倒っぽくなってしまいましたが、今夏はほんと、関ジュっこ達のおかげで楽しいものになりましたよ!新たなキャラ(隠れキャラ?)がそこかしこで花開いた風なのもGOOD!ところで、このところメディアで「関西ジュニア=関ジャニ」と表記されるのはいつからどこから発信なのでしょう?些細なこだわりですが、私は多分これからも「関西ジュニア=関ジュ」にこだわると思います。がんばれKJJ!!結局コンパクトちゃうやん!

*1:余談ですが、9/24前日、我々は大智たんが新ユニに組み込まれてたとしても気を確かに持つよう、脳内であらゆるシュミレーションを繰り広げて気持ちを慣らしていました。徒労に終わりましたが